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虐待・・・負の連鎖? <3>

長文にも程があるな。

今は現状把握の段階。

次で終れるだろうか。




*心理的虐待
 『児童に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと。例えば、言葉による暴力、一方的な恫喝、無視や拒否、自尊心を踏みにじるなど。』

 え~っと、「あんたが怒らせてばっかりやから、お母さんは病気になって死んだんや」とか「口ごたえするな。子どもは親の言うことなんでも『はいはい』言うてたらええんや。ウチらの時代はみんなそうやった」とか「子どもに心なんかいらん。親の言う通りのロボットでええんや」とかは『言葉による暴力』でOK?

 「親は白いもん黒いって言うたら黒いんや」「どこの組みの親分さん?」っていうのもあったな。

 その他、「あんたの靴下は泥だらけで洗うの大変やから、洗うのいやや。自分で洗い」とか?

 そういえば思い出したよ。中学はまだ制服があったからよかった。家に帰ってからの服は洗濯せずに何日か着回しても、外に出ないからまだよかった。でも、小学校は当時まだ私服登校だった。「あんたはいつも遊び歩いて、ドロドロに汚して」って。だから普段から体操の長ズボンを穿かされることが多かった。「どうせ汚すから」って。

 小学校の卒業写真を撮る時、みんな女の子はオシャレして可愛いきれいな服着て来て。でも私は「普段から汚してドロドロやっていうのん証拠に残しとき」って、ドロドロの体操の長ズボンだった。恥ずかしくて、辛くて、ずっと俯いてた。今でも卒業写真は見たくない。


 「更年期でヒステリーになるねん」「腹立ってしゃーないねんからしゃーない」

 なんかね、もう色々言われまくって・・・

 理由もなく怒鳴られて『同じ事やってるのに、なんで今日は怒るの?』と言っても「口ごたえするな」うん。何を言い返しても帰ってくるのはこういう言葉なんだよ。だから『心の声』になっていくんだ。

 とにかく、顔色見て、ご機嫌うかがって・・・

 一度ね「あんたが怒らせてばっかりやから、お母さんは病気になって死んだんや」と言うもんで『こんなんやったら、死んでおらん方がよっぽどマシや』と言い返したら・・・「なんでそんな事言うねん。出て行け!」と父親に追い出されました。

 つまり、前出の『既に頼る相手は居ない』っていうのはココ。父親にとって「娘がどんな目に遭わされているか」じゃなく、「自分が一人置いて行かれる(死別)のはイヤ」「義母が居なくなって、また一人で子育ては無理」って方が重要だったんだろうねぇ。ひたすら、自分にヒステリーが回ってこないようにおとなしくしてたな。それでも時々、私に当たれない時は父親に当っていたけど。口撃だけだけどね。

 これは小学校の5~6年くらいの時だったから。兄弟姉妹も居ないし、かばってくれる人も味方は誰も居なかった。


『過保護』と『過干渉』
 ずっと『過保護』なのかと思ってた。ずっとずっと「しつけ」だと周りに言われ続けていたから。
 とにかく心配されまくってたから。「箱詰め娘」だと思ってたから。

 今回調べてわかったこと。『過干渉』だったんだ。

 小・中学時代、ホンの直径300m程の範囲しか遊びに行かせてもらえなかった。通学は別だったから、帰り道に寄り道したりして。でも、中学の時、ウチはだいたい20分くらいあれば通えたんだけど、遠回りして少しでも友達と喋りたくて商店街の方を回って帰ったら1時間ほどかかった。そうすると「なんでそんなに時間がかかるんや。真っ直ぐ帰ってこい」と。『みんなも普通にやってるし、みんなと一緒に帰りたい』と言っても、「そんな必要はない」って。最後は「お父さん、迎えに行って」って。「なんでお父さん?自分は動かないの?」で、いつも通り言われるまま、やらされるままの父親。

 とにかく「あれはダメ」「これはダメ」「よそはよそ。ウチはウチ」と、我が家は「義母憲法」が基準だった。

 でも『過干渉』の項目を見ると

 保護者が対象者を一人間として認めようとせず、その子供の意思や思考、自我の発達や自主性等を一切否定して、操り人形の如く何もかも親の意のままにコントロールしようとする。
 過干渉する親達は「対象者を必要以上に心配し、幸せになるのを望んだ愛情からの躾け」であるとしたがるが、実際は対象者を一つの人格を持った人間である事を認めることが出来ず、『対象者は親の所有物で親の手足である』といった観点で自らの価値観や好み、思考を一方的に押し付けて支配下に置きたがる親のエゴが見出される。

 ぴったり?



 私の根底あるもの「生まれて来なきゃよかった」とか「生まれてきたのが間違いだった」とか「生きてるのが間違いなんだ」っていうのは、こういう体験から来てるんだと思う。

 苦しくて苦しくて、どこにも逃げられなくて、誰も助けてくれなくて。

 中学時代の3年間はホントに死にたくて死にたくて、「いつ死のう」「どうやって死のう」って。



 でもね。「死ぬ勇気があればなんでもできる」ってあれ嘘ね。


 死ぬ勇気すらなかった人間はどうすればよかったんだろう?


 ただただ こころをころして いきつづけるしかなかった



-------------------つづく


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コメント


死ぬことが勇気なのかどうなのか
難しくて分からんが
やっぱり生きてる事に意味はあると思う
なまじ回りに自殺者が多いから
自分ではそう 考える
昔は50歳まで生きれたらいいと思っていたが やっぱり欲が出るもので・・・

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