スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2月2日

去年、暖かくなったら外へ散歩に
連れて行ってやろうと思っていた。
そろそろ勢いもなくなってきてるし、
オイラでも連れて歩けるかもしれない。
口輪を買ってシャンプーにも連れて行ってやりたい。

ところが肩を痛めてしまった。
とてもじゃないけど、片手でウィは
制御できない。

来年こそ、暖かくなったら・・・

去年の秋頃から「おかえりなさい」は出来なくなってた。
帰ってきた気配を感じられなくなってたのだ。

朝はご飯のあと、しばらくウロウロしているので
「いってらっしゃい」をしてくれる。

それでももう後ろ足が弱って
今までのように後ろ足だけで
立ち上がることは出来なくなった。

こっそりとした「いってらっしゃい」



この日は朝から1日、水道工事が入る予定だった。
南から引き込んでいた水道を東からに付け替えて
ついでに浄化槽から下水へ換える工事だ。

7時25分過ぎ、相方が出かける前にウィを裏へ繋ぎに行った。
相方が出かけた後、オイラも出かける用意を始める。

7時40分頃、先にウィにご飯をやろうと声を掛けながら裏へ行く。

・・・寝転がってて起き上がらない。
また寝ていて聞こえてないのかと思った。

でも転がっている体勢が少し変だ。

すぐそばへ寄って声を掛けながら、体を揺すってみる。
反応がない。。。。

変な曲がり方をしていると思った首を
両手で持ち上げてみる。

ピクリとも動かない。

何が起こったのか。。。

まだいつも通り体は温かいのに


混乱したオイラは、どうにも出来なくて
そのまま家の中へ戻った。

仕事に行かなきゃ・・・

信じられなくて・・・
もう一度裏へ見に行く。
さっきと同じ体勢で、本当に眠ってるみたいで。

でも、もう動かなくて・・・


相方にメールをして家を出た。
あり得ない期待をしながら。

ホントは寝ているだけで、
家に帰れば元気な姿を見れるんじゃないかと。


夜、帰ると相方がリビングにいた。
スーツではなく普段着で。

聞くと、昼過ぎに帰って保健所へ引き取ってもらったと。

つけるあてのないリードが室外機の上に。

lead


何だろう。泣くに泣けないこの状態は。

葬式だなんだとするような人ではないのはわかってたけど
もう少しお別れの時間が欲しかった。

実感がわかない。
いまだに気配がするような気がして。
あまりにあっけなさすぎて。


唯一の救いは、ほとんど苦しまなかっただろうと思うこと。

相方が繋ぎに行ったときは、普通に自分で歩いていたらしい。
相方もいつも通り声を掛けてたし。

そのあとオイラが行ったときは
ちょうど伏せの状態から、首が斜め後にカクンとなって
その力で身体が横向きになったような感じだった。

顔も穏やかで、泡を吹いてるとか口を開けて舌を出してるとか
そういうのはまったくなく、本当に寝ているかのような顔だった。

体にももがいたような感じがなかったから
余計に寝てるだけに見えてしまったのかもしれない。

人間にすれば90歳越えのおばあちゃんだし、
大往生といえるのかな。


まったく手間のかからない娘だった。
本当に最後の最後まで。

もう少し手を掛けてやりたかった。。。。


スポンサーサイト

コメント


やっぱそうやったんか…

でも苦しまず、いつものような平穏な生活の中での逝き方。
ある意味大往生で、それは救いですね。

あんたに手をかけてもらったあのこは、
それだけで幸せやったと思います。

>ホントは寝ているだけで、
家に帰れば元気な姿を見れるんじゃないかと。
すごく分かる。
ほんと、あの体温が、そう思わさずにおれない。



お嬢さんも うちの子達と同じ「虹の橋」に行ったのかな?
幸せだった子達は、家族が来るのを待っていてくれると聞いた事があります。▼o・ェ・o▼もm(=⌒ェ⌒=)m達も、きっと待っていてくれると思うよ。うちの子は、16才と17才で逝ったから、みんな自分の寿命を精一杯生きたのだと思います。
今でも思い出すと涙が出てくるから、まだまだ長い時間が必要みたい・・・

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURL:
http://china.blog2.fc2.com/tb.php/242-3a0aa9a4

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。